柳本浩市展 冊子 寄稿文

02_Packages
パッケージのデザインには世界が凝縮されている。

ものと人への探究心がアーキヴィスト=柳本浩市の初期衝動ではないか。と考えている。
4歳の頃、植草甚一責任編集「Wonderland」に出会った柳本少年は歌謡曲に夢中となり、最初の研究「(日本の)おんがくはどうやって生まれたか?」を始める。以降、ジャズのレコードを集め始めた6歳の頃、実家の旅館の宴会などに顔を出しては、お客さんや友人の父親にブルーノートのレコードを聴き比べさせて、どちらが良いのか、なぜこのレコードは価値が高いのかと関心を持たせて売っていた。と、何度か聞いたことがある。
幼い頃に始まった研究テーマの調査と収集中に気づいてしまったものの価値を、まだ気づいていない人にどう伝えれば理解を得られるのか、収集だけでなく人の好奇心にも興味を示していたことが窺える。またレコード収集と同じ4歳の頃から、子供には最も身近で入手しやすいチューインガムの包み紙を集めていた。

「子供の頃はヒーローもののガムがあって、包み紙も何種類かあり集めてみたくなったからです。通常のガムも味やメーカーによって種類が多かったので、より触発されました。」(「未来をつくる眼差し展」 2010年)
ガムの包み紙を集め始めた動機は、意外にも子供なら誰でも経験がありそうな理由に共感できるが、包み紙でも集め続けることでキャラクター、ブランド、デザインなど、銘柄や地域、国によって変わることに気づき、その違いはどこから生まれてきたのかと、調べて、知ることの好奇心に拍車をかけたのだろう。
大多数の人が無意識に、または雑に扱っているものは入手しやすく、差異を見つけるのに適していた。それは、ガムの包み紙と同類の食品・日用品のパッケージにも言える。



人は店頭に陳列された無数の商品から、0.2秒で見分けて、2秒で欲しいものを判断すると言われており、購入回数の多い食品・日用品は必然的に選択の繰り返しが多く、パッケージデザインは購買意欲をかき立てるものへと反映される。また同じブランドの商品でも国ごとの文化、風土、宗教など、現地に受け入れられるものに適合させることをローカライゼーションと呼ぶ。その特性は、文字や図の視覚伝達、内容物・輸送・販売・保存環境により変わる容器、色の組み合わせの色相環、多民族国家では複数の言語にまたがっている。

柳本さん所有の洗剤ボトル



2015年に私が企画・監修した無印良品 池袋西武 企画展「STOCK展 —気づきを、備える」に、主な参加者として柳本さんに出展いただいたことがある。とるにたらないものの収集と動機から人とものの関係性を探る展示に、世界各国の洗剤ボトル、牛乳パックやアーカイヴの過程、ファイリングなどの解説を展示していただいた。その中で、海外に行くと必ず立ち寄る場所のひとつにスーパーマーケットを挙げている。各国の本質が分かるのは観光地ではなく、現地の人々が日常的に使用している場所やものであると解説した。
「牛乳パックは日用品収集物の中でも特に集中して集めるようにしています。世界中どこに行っても、大抵牛乳は売られていて(宗教的に牛乳を飲まない地域も羊やヤギのミルクを飲んでいる)比較観測するのにとても理解しやすいアイテムだからです」(「STOCK展」 2015)

柳本さんがピート・ヘイン・イークの棚に保管した世界各国の牛乳パック。写真はともにより無印良品 池袋西武 企画展「STOCK展」 _ Photo : Gottingham

牛乳パックや洗剤ボトルを、オランダのデザイナー、ピート・ヘイン・イークに特注した棚に保管していたことから、この背景にある世界の文化を観察する方法として日用品を好んで集めて、体系化していたことがよくわかる。またスーパーマーケットは日用品の購入者「おばちゃん」(柳本さんが呼んでいた愛称)を観察するのにも十分な環境である。購入を決める数秒の間、おばちゃんの無意識の行動・生態を観察することでパッケージデザインの何が購買動機に影響していたのか洞察・分析することが、プロデュース、ディレクション、マーケティングなど、柳本さんの多くの仕事に活かされていたと考えることは容易である。

市井の行動・生態から、世界の文化的背景から経済動向までを見渡した慧眼は、誰にでも集めることのできたガムの包み紙から始まり、ものと人への探究心と研究する方法を体得するに至った。人が未知の世界へ足を踏み入れる幾多の可能性はすぐそばにあり、叡智の深奥に美しさすら感じる。

熊谷彰博

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柳本浩市展 冊子
「YANAGIMOTO KOICHI - ARCHIVISTʼ S VISION」
寄稿文より